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親父。。 - 2013.12.23 Mon

12月22日

親父の49日法要と納骨でした。

49日で仏さんになるというふうに言われてますけれども

その間、家族はもちろん色々な人達がよくしてくれて

きっと親父も成仏してくれたんじゃないかと思う。

2年という余命宣告を受けてから、1年と8ヶ月後に亡くなってしまったけど

亡くなる2週間前ぐらいまでは元気でいられたし大好きな海にもでれた。

この1年と8ヶ月の間は何をしてても、親父の死ということが頭から離れることはなかったし、

心から楽しんだりすることはできなかった。

親父も母もそうだったと思う。

でも今年の親父は春から秋まで、今までの中でも断トツに凄い漁で

最後に神さんが釣らせてくれてるんだと言ってた。

闘病生活では無駄だと思えることでも、やらないよりはやった方がいいと思えることは全てやったし

親父も前向きに生きてくれた。

亡くなる前の最後の夜は病室で母とボクと2人で親父の元ですごしたけど

あの日の夜のことは今もこの先も絶対に忘れることはできない。

親父はすごく頑張ったと思う。

最後に亡くなる前、親父の意識は無かったけど

親父の耳元で、今までありがとうということと

母のことは心配しなくていいよということを言った。

親父に最後何かしゃべってくれと頼んだら

偶然かもしれないけれど最後にフーっと息をした。

意識が無くなる前にもっとちゃんと伝えればよかったのだけど

どうしても親父の意識があるときに死を認める言葉は言えなかった。

お通夜には沢山の方が来てくれて

僕は絶対に泣かないと決めていたんだけど

焼香の時に幼馴染の親友がボロボロと涙を流してくれているのをみて

ボクも涙がどうにも止まらなくなった

葬儀の時には、ボクの長男と姉の長男がボロボロと涙を流している姿をみて

それがボクはすごく嬉しかった。

喪主としての最後の挨拶は、もちろんボクなんかがたいした挨拶はできないのだけど

親父にも届くようにと、思いっきり気持ちを込めて言った。

享年67歳

長い人生ではなかったけど内容の濃いいい人生だったと信じたい

今までありがとう。

これからは、一人になった母が少しでも楽しいことがあるように

家族で支えてやりたいと思う。



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● COMMENT ●

お悔やみ申し上げます。実は僕も今年の正月早々に親父を亡くしました。余命半年と言われて3ヶ月でしたが逆に僕にとって人生で一番成長出来た3ヶ月だったと思います。今だにふと思い出した時は泣いてしまいますがね。。。

hi6さん

そうだったんですか、それは大変だったことと思います。
お互い親父が天にのぼっていけるよう供養していきましょう。


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タルタル

Author:タルタル
1973年生まれ 四十路突入
京都府北部
性別:おっつぁん
趣味:海遊び(主に釣り)
特技:大量に汗をかく(半端じゃないよ)
仕事:会社員
一言:丹後弁丸出しでもいいじゃない

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